母の日

5月10日(金)、長女と一緒にフラワーアレンジメントのレッスン&撮影会に参加してきました。

うちの近所にこんなに素敵なサロンがあったなんて!

小野紘子先生主宰の

フローラルセレニティさんです。

https://floral-serenity.com/

いつも保育園を頑張ってる真ん中っ子の長女が楽しんでくれたらいいなと思って連れて行ったのですが、まるでやる気無し(のように見えた)。

作業もはじめは「ママ(やってー)」と、会話もほぼ無し。

最後の方はようやく笑顔が見えてきたけど可愛い声はほとんどお聞かせしないまま帰ってきたのです。

こんな娘の様子に私はガッカリ…

しません^_^

いや内心はドキドキでした。

そりゃあせっかく行ったのだから楽しんで欲しいですもの。

でも、きっと彼女の心の中で感じている事があるはず。

そして頭の中に一生懸命初めての経験をインプットしている。

思った通り娘は帰りの自転車で急に饒舌に話し出し、しっかりと作った作品を抱き抱え、うちのレッスン室に入って一番綺麗にお花が見えるかを考えて飾り、「ママ」(オレンジのガーベラ)や「お兄ちゃん」(べに花)に話しかけていました。

そしてパパが帰ってきたらお花の挿し方の説明や、つぼみが開いたら大きな百合の花が咲くことを教え、パパはとっても驚いていました。

今も娘は1日に何回もつぼみが開いたかどうかをチェックしに行きます。

「花育」とリトミックって似ているところがあって、はじめにお花の扱いを教えていただく事以外は全て自由。

途中で「これやってみたら?」「こんなやり方もあるよ」と提案してくださるけど、別にその通りにやらなくてもよし。

その場ではすぐにやらないこともある、けれどしっかりと心にはビンビン刺さっていて、後でその感動を再現できる。

このお花の場合、正直なところ百合が全部つぼみだったので子供から見たら可愛さに欠けるなぁ、と思ったのです😅

でも、お花が咲く楽しみがあるじゃない!

先生が「何色のお花が咲くか分からないんだよ、ピンクもあるし黄色もあるし白もあるし…」と説明して下さったのをちゃんと覚えていて、「ピンクかなぁ、黄色かなぁ」と観察していたら、ピンクだった!

この後寂しいけれどだんだん元気が無くなってくるでしょう。

そしたら「どれを切ろうか」などと2人で相談しながら元気な茎をまたカットして小さな花瓶に生け直したらまたしばらく楽しめそう。

そうして命の終わりを見届けようと思います。

リトミックもお花も、「その場でこれをやったらおしまい!」じゃない。

その後が大事なんだなーと改めて思いました。

もしパパが「すごいね!」って褒めなかったら、もし私があとの処理を自分だけでやっていたら、、きっと娘は「作った」だけで終わってしまう。

それはただの作業です。

もっと好きになったりもっと知りたくなったりするのは周りが感動を共有してくれるからなのです。

それからこれも似てる。

その作業を「やった」か「やらなかったか」じゃない。

「どうやったか」が大事ってこと。

「先生の言う通りやってごらんなさい!」と怒られながらやったらきっともう2度とお花を好きにならないでしょう。

これはリトミックじゃなくてどの習い事でも共通することですね。

ちなみに、作業している時私の膝の上にいた娘がどこを見ていたのか私からは見え辛かったのですが、撮影していただいた写真を見たらどれも真剣にキラキラの目で捉えていて、やっと「あれでよかったんだ」と安堵のため息をついたのでした。

はしゃいだりおしゃべりしたりしなくても「目は口ほどに物を言う」のでした。

とっても素敵な体験をさせていただいたフローラルセレニティさんにまたぜひお邪魔したいと思います。

母の日” に対して1件のコメントがあります。

  1. 小野紘子 より:

    相澤先生

    こんなに素敵なご紹介を、本当に本当にありがとうございましたー♡
    相澤先生のブログを拝見し、やっぱりリトミックと花育って本質は一緒で、体験型右脳教育であり、お子様の個性や様々な可能性を引き出してあげられる、素敵な教育だと感じました。

    また、レッスンは短く緊張された時間だったはずなのに、娘ちゃんがそんなにも覚えてくださっていたなんて・・・涙出ちゃいます。
    ユリも咲いてくれて、ほっとしました!

    娘ちゃんのお心に、きれいな花が咲いてくれたら幸いです。
    本当にありがとうございました♡

    1. aizawa より:

      紘子先生、コメントありがとうございます!
      花育の体験は親の私も勉強になりました。
      (そういえば私小学生の時フラワーデザインスクールに通ってました)
      お花って真っ直ぐ刺さないと茎が折れちゃったり、余分な葉っぱは落とさないといけなかったり、茎が長すぎると折れやすくなっちゃったり、、と気になって、親ってつい『完成形』を求めてしまうんですよね…
      でも、「生まれて初めて自分の手で花を触る娘がどんな風に感じ、どんな作品を仕上げるのか」ということを余計な手を加えず『純度100の娘』を見たかったので、見守ることができました。

      今最後の百合の蕾を花瓶に飾り毎日チェックしています。
      多分咲かないと思うけれど、、

      年齢と経験を重ねてまた違う作品が作れたら、その時にはまた今と違う発見が親子ともにあるのではないかなと思います。
      また参加させてくださいね。

小野紘子 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA